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札幌地方裁判所 昭和27年(行)8号 判決

原告 大橋福蔵

被告 北海道知事

主文

昭和二十六年十一月二十一日北海道農業委員会が別紙目録記載の各土地について原告がした訴願に対してした裁決のうちその訴願を棄却した部分はこれを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

原告訴訟代理人らは、昭和二十六年十一月二十一日北海道農業委員会が別紙目録記載の各土地についてした再審議の裁決はこれを取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、なお、予備的請求として、以上の請求が理由がないときは主文と同旨の判決を求め、

被告訴訟代理人および指定代理人らは、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求めた。

第二、当事者の主張

(原告の請求原因)

一、第一次的請求の原因

(一) 別紙目録記載(一)ないし(六)の土地(以下本件土地と略称する。)は原告の所有であるところ、昭和二十五年一月二十日当時の興部村農地委員会は、右各土地につき、旧自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)第四十条の二第四項第五号により牧野買収計画をたてた。

(二) 原告は、右買収計画に対し、法定の期間内である昭和二十五年一月二十八日当時の興部村農地委員会に異議を申し立てたが、同年二月十日に棄却されたので、更に法定期間内である同年三月三日当時の北海道農地委員会に訴願したところ、同委員会は同年六月二十六日原告の訴願を容認する旨の議決をし、同年七月二日その旨の裁決書を作成し、その頃裁決書謄本を当時の興部村農地委員会を経由して原告に交付するため同委員会に送付した(以下これを第一次裁決という。)。しかるに、右裁決書謄本の送付を受けた同委員会はこれを原告に交付しないで裁決庁である当時の北海道農地委員会に返送し、他面、同年八月三日被告に対し再審議を請求した。こえて、昭和二十六年十一月二十一日北海道農地委員会の後身である北海道農業委員会(以下すべて北海道農業委員会という。)は、再審議の結果、「興部村字中興部原野一七八二番地の二、一七八三番地及び一七八四番地の四、計四筆面積二町五三〇五歩は棄却し、他即ち同村字同一七八四番地の五外一筆面積二町二五一六歩は容認する。」との裁決をし、その裁決書謄本は昭和二十七年三月二十五日興部村農地委員会の後身である興部村農業委員会(以下すべて興部村農業委員会という。)を経由して原告に交付された(以下これを第二次裁決という。)

(三) ところで、右のように第一次裁決の裁決書謄本の送付を受けた興部村農業委員会は、右謄本を原告に交付すべき義務があるのに、故意に原告に交付しないで裁決庁である北海道農業委員会に返送してしまつたものであつて、通常の状態においては原告は当然右裁決書謄本の交付を受けえたわけである。そればかりでなく、原告は昭和二十六年五月二十九日北海道農業委員会の係官から第一次裁決のあつたことを口頭で告知されたのである。以上の次第であるから第一次裁決はその効力を生じたものというべきである。

(四) 叙上の事実関係のもとにおいては、北海道農業委員会は第二次裁決をもつて第一次裁決を取り消したものと解すべきである。しかし、訴願の裁決のような争訟の手続を経て行われた行政行為は、確定力またはこれに準ずる効力を生じ、たとえそれが違法または不当であつても、当事者が一定期間内に争訟手続によつて争い、それにもとずいて行政庁または裁判所によつて取り消される場合のほかは、裁決庁が自らそのした裁決を取り消すことはできないものというべきであるから第二次裁決は違法であつて取り消されるべきである。

二、予備的請求の原因

仮りに、第二次裁決がその効力を生じたとしても、その裁決には、次のような違法が存在するから取り消されるべきである。

(一) およそ、裁決に表示される目的物は特定されるべきである。しかるに、第二次裁決の要旨には前記のように、「興部村字中興部原野一七八二番地の二、一七八三番地及び一七八四番地の四、計四筆面積二町五三〇五歩は棄却し、他即ち同村字同一七八四番地の五外一筆面積二町二五一六歩は容認する。」と表示されているのであるが、その表示によると棄却されたものは三筆であるか四筆であるか不明確であるし、仮りに、四筆であるとしても、その一筆は果して本件土地のどれを指称するか全く不明である。また、容認された「外一筆」の土地も、本件土地のどれに当るかも判然しない。

(二) 本件土地は、原告において、林木育成の目的で植林をしているものであり、本件土地上に生立する自然木の樹冠の疎密度は〇、三以上であるばかりでなく、本件土地全地に亘つて石礫が多く、これを牧野とするには多大の労力と資本を要するものである。このような事情のもとでは、本件土地を牧野というべきではないから、これを牧野と認めたのは誤りである。

(三) 仮りに、本件土地が牧野であるとしても、原告の土地管理人である池田武は原告から許容されて昭和二十二年より同二十五年まで本件土地から牧草を採取していたものであるから、本件土地の買収計画がたてられた当時、右池田武において牧草採取権にもとずいて、現に、本件土地をその目的に供していたものというべきである。したがつて、本件土地はいわゆる遊休牧野ではないから、自創法第四十条の二第四項第五号によつては、本件土地を買収することはできないものである。

三、よつて、北海道農業委員会がした第二次裁決は以上の点において違法であるからその取消を求め、なお、右の請求が理由がないときは、第二次裁決のうち前記のように原告がした訴願を棄却した部分の取消を求めるため本訴請求に及んだ。

(原告の請求の原因に対する被告の答弁)

一、原告主張の事実中一の(一)、(二)の各事実、二の(一)のうち、第二次裁決の要旨の表示が原告主張のとおりであること、二の(三)のうち、池田武が原告から許容されて昭和二十二年より同二十四年まで本件土地から牧草を採取したことはいずれもこれを認めるが、その余の事実はすべてこれを争う。

二、第二次裁決は、次の理由によつて適法である。

(一) 第一次裁決が効力を生じたとの主張について。

原告のした本件訴願に対する裁決は第二次裁決だけが存在するのである。即ち、第一次裁決の基礎となつた北海道農業委員会事務局員の本件土地が牧野であるかどうか現地調査報告が融雪時にした調査にもとずくもので、調査に不十分の点があることが判明したので、第一次裁決の裁決書謄本を原告に交付する以前、即ちその効力を生じないうちに、北海道農業委員会は、自ら再審議に付し、更に、現地調査のうえ第二次裁決をし、その裁決書の謄本を原告に交付したものであるから、第二次裁決が有効であることは当然であり、原告の本件訴願に対する裁決はそれ以外には存在しないのである。なお、裁決は裁決書を訴願人に交付することによつてその効力が発生するから、その交付前は勿論、訴願審議の結果を訴願人が聞き知つたとしてもこれをもつて裁決の効力が発生したとはいえないから、第一次裁決は効力を生じていない。

(二) 第一次裁決は取り消し得ないとの主張について。

仮りに、第一次裁決がその効力を生じたとしても、前記のように現地調査が不十分であつたためその裁決に影響を及ぼすべき重要な事項につき判断を遺脱するにいたつたので、民事訴訟法第四百二十条第一項第九号に則り、第二次裁決をもつて第一次裁決を取り消したものであり、訴願裁決に右のような事由がある場合には裁決をした北海道農業委員会が自からこれをとりあげて再審議をすることができるから第一次裁決を取り消してもその間になんら違法のかどはない。

(三) 第二次裁決の対象土地が不明確であるとの主張について。

第二次裁決の裁決書の理由と原告のした本件訴願の対象地とを比較すると、訴願の棄却された土地は本件(一)ないし(四)の土地であり、また、その容認された土地は(五)、(六)の土地であることは一見して明白であるから、なるほど、第二次裁決の要旨の目的土地の表示そのものは不備不完全ではあるが、この程度のかきんは右裁決を取り消す事由とはならない。

(四) 牧野でないとの主張について。

原告のした訴願に対する裁決において訴願を棄却された本件(一)ないし(四)の土地は、それら土地上の自然木の樹冠の疎密度は〇、三以下であり、右全地に亘つてクローバー、チモシ、ヨモギ等が密生し、牧野として利用するのに多大の労力、資本を必要としないものであるからいずれも牧野といえる。

(五) 採草権利者が採草していたとの主張について。

池田武は、本件土地の買収計画がたてられた当時は牧草を採取する権利を有しなかつたものである。

三、以上の理由により本件(一)ないし(四)の各土地が自創法第四十条の二第四項第五号に該当するものと認定してした当時の興部村農地委員会の買収計画には違法の点はない。したがつて原告の訴願に対しその一部を認容し、その余を棄却した北海道農業委員会の第二次裁決もまた適法である。

(被告の主張に対する原告の答弁)

民事訴訟法第四百二十条第一項第九号に則り、訴願裁決を取り消すことはその性質上許されない。仮りに許されるとしても、第一次裁決には、重要事項につき判断を遺脱してはいない。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、第一次的請求に対する判断

事実欄掲記の原告主張の(一)、(二)の各事実は当事者間に争がない。

ところで、都道府県農業委員会が訴願の裁決をしたときは、同委員会は遅滞なく裁決書の謄本をその処分をした行政庁を経由してこれを訴願人に交付すべきものであることは自創法施行規則第四条第二項訴願法第十五条の規定に徴し明白であり、訴願に対する裁決は、その裁決書の謄本の交付によつて効力を発生するものというべきであるから、仮りに、第一次裁決書の謄本の交付につき、原告主張のような事情があつたとしても、その交付がなされていない以上、第一次裁決は、北海道農業委員会の内部的意思決定にすぎないものであつて、訴願容認の裁決としての効力を生じない。したがつて、第一次裁決の効力未発生の間に、右委員会が第二次裁決をなし、その裁決書の謄本を原告に交付したとき、始めて原告の訴願に対する裁決が効力を生じたものであるから、その間に、訴願に対する裁決を取り消すという観念を容れる余地はないものといわなくてはならない。それ故、第一次裁決が効力を生じたことを前提とする原告の主張は、その余の点につき判断を加えるまでもなく失当であつて、第一次的請求は失当として棄却を免れない。

二、予備的請求に対する判断

(一)  第二次裁決の要旨が事実欄記載のとおりであることは当事者間に争がない。その表示そのものによると、原告主張のような疑問が生じ、その表示の不備、不完全であることは所論指摘のとおりであるが、当事者間に争のない本件買収計画の目的物である本件土地と、成立に争のない甲第六号証の二(第二次裁決書謄本。)を彼此対照して考察すると、第二次裁決により棄却された土地は本件(一)ないし(四)の土地であり、またその容認された土地は本件(五)、(六)の土地であることが一見明白であるから、前掲のような表示上の不備、不完全はいまだ第二次裁決を取り消す事由とならないものと解するを相当とする。したがつて、この点に関する原告の主張は採用しない。

(二)  原本の存在およびその成立に争のない甲第四号証、証人笠井庄太郎、同金島正志、同赤坂彰一、同高橋徹、同山崎市松、同池田武の各証言、検証および原告本人尋問の各結果ならびに弁論の全趣旨を総合考察すると、原告は昭和十七年頃本件土地およびその他の土地合計約二十二町歩を使用して養畜の業務を営むことを計画し右土地を買い受けたが、昭和十八年十月頃に、翌年四月頃には原告が軍属として召集されるのであらうことが予想されたので、止むなく右計画の実行を中止し、当時幼稚木の生立していた本件(二)の土地を除き、本件(三)、(四)の各土地にはトドマツ約四千本を、本件(一)、(五)の各土地にはヤチダモ約二千本をそれぞれ植栽したが、いずれも殆んど枯死してしまい本件買収計画樹立当時本件(一)ないし(四)の土地にはごく少数のトドマツ、ヤチダモを残すのみとなつたが、原告は敢えて補植などすることなくそのまま放置していたこと、本件(一)ないし(四)の土地はかつて農耕地として使用されていたこともあり、右四筆の土地全域に亘つて緩傾斜で平地に近く、クローバー、チモシ、ヨモギ、態笹等が密生し、採草量も反当り約百五十貫を算すること、池田武は原告から許されて昭和二十二年頃から同二十四年頃までの間本件土地から牧草を採取し、その後も引き続き採草しようとしたが興部村農業委員会から採草することを禁止されたので不本意ながら中止するにいたつたこと、本件(一)ないし(四)の土地には多量の石礫が存在するが採草になんらの支障のないこと、本件(一)ないし(四)の土地にはナラ、イタヤその他の自然木が生立しているけれどもその大部分は幼稚木であつて、樹冠の疎密度も多少〇、三をこえるところもあるが殆んどが〇、三未満であることがそれぞれ推認される。前顕証拠中右認定に反する部分はこれを信用することができないし、その他右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

以上の認定事実を彼比考量すると、本件(一)ないし(四)の土地は牧野というのが相当である。それ故、原告のこの点に関する主張もまた採用できない。

(三)  証人池田武の証言および原告本人尋問の結果によると、池田武は原告から昭和二十二年頃期限を定めないで無償で本件土地から牧草を採取することを許容され、同年度から引き続き毎年牧草を採取して来たところ、昭和二十五年一月二十一日本件土地につき自創法第四十条の二第四項第五号により牧野買牧計画が樹立された(以上の事実中当事者間に争のない部分のあることは事実欄記載のとおりである。)ことが認められるから、特別の事由の認められない本件においては、右池田武は右買収計画樹立当時前記牧草採取権を保有していたものというべきであるから、右法条にもとずいては本件土地を買収することは許されないものといわなくてはならない。他に、右認定をくつがえし被告主張の事実を認めるに足りる証拠がない。

されば、原告の予備的請求はこの点においてその理由あるものといわなくてはならない。

三、以上の次第であつて、原告所有の本件(一)ないし(四)の土地を自創法第四十条の二第四項第五号にもとずき買収することは許されないものであるから、興部村農業委員会が右法条にもとずきたてた買収計画につき、原告が北海道農業委員会に対してした適法な訴願に対し、さきに認定したように、同委員会が本件(五)、(六)の土地についてこれを認容したのみで、その余の本件(一)ないし(四)の土地について訴願を棄却した昭和二十六年十一月二十一日付裁決は右棄却の部分は違法であるから取り消さるべく、原告の予備的主張は理由があるからこれを認容し、訴訟費用については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 猪股薫 吉田良正 秋吉稔弘)

(目録省略)

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